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2020年10月

2020年10月13日 (火)

マーリン キャローザース師の感謝の信仰

祈りへの答え

あそこに就職するにはどうすれば良いのでしょう?
良き夫や妻、親であるためになすべきこととは?
祈りが聞かれるためには、一体、何をすれば良いのでしょうか?人生の大事すべてについて、私たちは何をしたらよいのかという答えにせまられ ています! しかし、イエスさまは、どうしたら祈りが答えられるかについては、 完璧な答えを用意してくださっていました。こうおっしゃっています。“心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せ よ。" マルコの福音書 12章30節私たちが最も必要とするのは、結局、神さまを愛することにつきる、と言うのです。な ぜなら、”愛には決して間違いがない”(1コリント人の手紙 13:8) からです。

神さまへの愛が成長すれば、そのことが、祈りへの答えを得るための道となります! 神さまを愛す ることによって、多くの祝福を受ける道が私たちに開かれます。例えば、病を得る、悲劇 が起きるなどは、決して良いこととは言えません。しかし、そんなことなども、この御言 葉の前には膝をかがめざるを得ないのです。

"神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべて のことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。" ローマ人への手紙 8章28節

私たちにもできる良い行いはたくさんあります。しかし、神さまへの愛が成長しない限 り、霊的なパワーに欠けていると言わざるを得ません。”神は愛” ですから、神さまへの 愛を学ぶことは、私たちを神さまにより近いものとするのです。イエスさまの神さまに対 する愛と服従は完璧なものでした。だから、イエスさまは、神さまの力の全てを用いるこ とがお出来になりました。私たちを励ますために、さらに、こうおっしゃっていました。
"わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わ たしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。" マタイの福音書 11章29節

あなたがたくさんの悩みを抱えている人だったら、まず神さまをもっと愛することから 始めなさいと、私は強くお勧めします。 神さまをもっと愛することを学ぶ。どうしたら、そんなことができるようになるでしょ う? その答えもまた、御言葉の中にありました。

"私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。" ヨハネの手紙 第一 4章19節
今までに神さまがしてくださったことを知れば知るほど、私たちの神さまへの愛は深く なります。

"このことによって、愛が私たちにおいても完全なものとなりました。それは私たちが、 さばきの日にも大胆さを持つことができるためです。なぜなら、私たちもこの世にあって キリストと同じような者であるからです。"
ヨハネの手紙 第一 4章17節

神さまにして頂きたい様々なこと。私たちはこのことだけに心を集めていることがあり ます。それが普通のことかも知れません。しかし、自分の欲望ばかりに心を集中すると、 イエスさまが、私たちに知って欲しいと思っておられることに心がいかなくなります。 あるとき、10名のらい病患者がイエスさまのところにやってきましたが、イエスさま は全員を癒されました。だが、

"そのうちのひとりは、自分のいやされたことがわかると、大声で神をほめたたえながら 引き返して来て、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。"それからその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰が、あなたを直 したのです。」"
ルカの福音書 17章15、19節この一人の男が戻ってきて、自分が癒されたことを神さまに感謝し、称えたとき、彼は イエスさまへの愛も表していたと、私は思っています。 頭を悩ます問題を抱えていたら、神さまが過去にしてくださった素晴らしいことの数々 に、もっと注意を向けてみてはいかがですか? あなたがキリストの義を持つことができ る方法を、神さまは、無償の贈り物として備えて下さっていました。"キリストの中にある者と認められ、律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる 信仰による義、すなわち、信仰に基づいて、神から与えられる義を持つことができる、と いう望みがあるからです。"
ピリピ人への手紙 3章9節不平不満を言う代わりに、神さまに思いを馳せる。このことが、すべてのことに対して ごく普通の反応となるまで繰り返すことを学びとることができます。それが学べれば、聖 霊さまと私たちを結ぶチャンネルができ、この困難な世にあって、どうしたら勝利の人生 を生きることができるかを聖霊さまが教えてくださいます。神さまがして下さった素晴らしいことの数々に感謝する時を、I日のうちに何回も持ち ましょう。そうすれば、あなたの中で、神さまへの愛が成長し始めます。こんな聖句を繰 り返すのも良いでしょう:"いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神 に感謝しなさい。"
エペソ人への手紙 5章20節
この御言葉が、気が付かないうちにあなたの一部となった時、神さまに対するあなたの 愛は、かってないほど大きなものとなります。

2020年10月 9日 (金)

感謝と賛美

不平ぶつぶつ、それで幸せになれますか?

 あなたは不平屋さんですか? もしそうなら、あなたのつぶやきが、自分や周りの人たちの祝福になったことがありますか? つぶやいて人に元気を与えたことがありましたか? 不平をつぶやくとはどんなことか、本当の意味をご存知ですか?

 いくつか例をあげてみましょう:参った、もう起きる時間だよ! あの車、前に割り込んだな! うちの上司は不公平な人だ! ひどい天気だぜ! どうせ働くだけの人生さ!

 思わず不平不満を言いたくなるような例なら、誰でもいくつでも挙げることができます。アダムとエバも、神さまが彼らに隠し事をしているに違いないと思う誘惑に勝てませんでした。その結果がどうなったかは、皆さまはよくご存知です。

 ブツブツ不平を呟いても、それが罪だと思う人はまずいません。不平を言えば、まずかったかなとは思うでしょう。でも、それはそれだけのことですー特に、誰にも聞かれない環境でつぶやいた時はそうです。でも、聖書、例えば、コリント人への手紙110章10節などを読めば、待てよと考え直すことになります。

また、彼らの中のある人たちがつぶやいたのにならってつぶやいてはいけません。彼らは滅ぼす者に滅ぼされました。" コリント人への手紙 第一 1010

  なんと、これは警告ではありませんか!。特に、”つぶやいてはいけません。”と言う御言葉に注目してください。注目すべき御言葉はもうひとつあります。

兄弟たち。互いにつぶやき合ってはいけません。さばかれないためです。見なさい。さばきの主が、戸口のところに立っておられます。"   ヤコブの手紙 59

 ここでは、さらに強い言葉が使われていました。

  不平をつぶやくとは、人が困難な環境におかれた時に行う、ごく自然な反応にすぎないと思われがちです。だから、至る所でつぶやく声を聞くことができます。しかし、父なる神は、私たちが、”いつでも、すべてのことについて、私たちの主、イエス・キリストの名によって父なる神に感謝”(エペソ人への手紙 5:20 )しなさいと言っておられます。だが、人には、他に従いたくないないと言う、生まれながら持っている性質がありました。

 神さまは、人のつぶやきや不平不満について、人とは違う視点でみていることが多いのです。丁度、親たちが子供たちの間違いを、彼らとは違う角度から見ているのと同じことです。

 でも、ここに良き知らせがありました。人が生まれながらにして持っている、従いたくないと言うこの性質を克服する方法があると言うのです! それなら、その方法をしっかり学ぶべきでしょう。

 人は、”感謝すること”を訓練できると言うのです! 不平を呟きたくなると言う人の堕落した本質を克服する手段として、神さまはこの方法を備えてくださっていたのです。もし私たちが、すべてのことに感謝することを実行できるなら、神さまが、すべての問題を益として下さることが期待できるのです(ローマ人への手紙 8:28 参照)。

 結構すぎて信じられない話だ、と思いますか? かって私も全く同じように思っていました。しかし、神さまは、少しづつ時間をかけて、御言葉が真実であることを私に確信させてくださったのです。かって私は、まさに不平の専門家で、そうすることにまったく罪の意識を持っていませんでした。しかし、聖霊さまが教えてくださいました。そうすることが、自分自身だけでなく周りの人たち、いや、神さまさえ、どれほど不幸にしているかと言うことをです。

 神さまが人を創造されたとき、不平を呟きたいと言うガスを抜く弁を、人の体に設置されませんでした。人が不平をつぶやくなどと言うことは、ご計画のうちになかったからです。しかし、人がご自分が希望される歩みをしなかったので、神さまは驚くほど愛に満ちた対処法を考案されました。人が不平を呟きたくなりそうな事すべてを取り上げて、それらを祝福のために用いて行こうと言われるのですーもし、神さまはそうしてくださると人が信じるなら。

 思い出してください。イエスさまは、人がイエスさまを信じたとき、その人たちを癒されたのではなかったですか? だから、もし人が神さまに何かして欲しいと望むなら、すでにしてくださっていることへ感謝することを学ぶべきでしょう。私たちの信仰をたてあげる助けになる事なら、なんでも大きなプラスになる事です。だから、信仰を向上させるためなら、なんでも喜んでするべきです。

 神さまは、かってこの世で起こったすべての事柄を手にしておられ、それらを、この困難な世にあって私たちを助けるごための計画に用いようとされています。さらに神さまは、私たちが神さまを信じ、すべてをお委ねすることを求めていらっしゃいます。人がそれを実行するとき、神さまは、すべてを御手の内で支配され、すべてのことが最善となるようにされるのです。

 そう、神さまは、私たちが不満をつぶやいた時でさえ、愛していてくださいました。さらに、神さまの御力が、私たちのうちで、また、私たちを通して働く方法も与えていてくださいました。ここで、もうひとつ、御言葉を見てみましょう。

"いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。"

ピリピ人への手紙 44

  いつも感謝さえしていれば、望むものはなんでも与えられると言ったように聞こえたでしょうか? もしそう聞こえたなら、お許しください。申し上げたことの真意は、”神さまの目から見て、最善の物が与えられる。”ということです。

 

 

 

 

 

2020年9月分 (2008年2月に書かれたもの)  

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